つまるところ彼は皇族としてしか生きられない人間なのだ。

 

Blue Blood

 

不純物を徹底的に排除した純粋な、だが厭らしさの微塵も無い淡い金の髪。高貴なる青紫の眼球を嵌め込んだ染みひとつ無い白皙の繊細に整えられた美貌。しなやかに伸びた手足に過不足無い麗姿。

物腰は典雅にして優美。玲瓏と響く声音は甘く蕩けるように詩を読み上げる為のもの。

研究室を興味深げに見回って彼方此方弄っている彼の姿はまさしく掃き溜めに鶴。

例えどんなぼろを纏っていても、彼は彼たると言うただそれだけで皇子たる事を証明して見せるだろう。

その気品、滲み出る至尊の威光は隠しようも無く彼を彩る。

ロイドの観察する視線に気付き、どうかしたかいと振り返るその様さえも華麗である。

「いぃえぇ?あ、コーヒー飲みますぅ?」

進めて掲げて見せたステンレス製の愛想もそっけもないカップを黙視して、シュナイゼルが眉を顰めて軽蔑するかのような視線を投げかけてくるが、当然すぎるその反応に腹も立ちようがない。

彼はそういう存在なのだ。

軍人として働くコーネリア皇女はどうかはわからないが、皇子として生まれそうたるべくして育った彼はカロリーの摂取をするためだけの固形食やインスタントコーヒーなんて死んでも口にしないだろう。(当然ファーストフードだってそうだ)

彼は彼のためだけに吟味に吟味を重ねられ、彼が賞味するに相応しいと判断された食物だけを、最高の料理人の腕によって完璧に調理した後、その料理の造型すらも計算しつくし味を際立たせる美々しい器に盛り付けて、その品のよい口に運ぶのだ。

それ以外なんて、あってはならない。

例えばロイドは伯爵と言う地位を失い、貴族でなくなっても生きていける。(大体今も似たようなものだ)

むしろ社交の場へ否が応無く引き出され人付き合いをしなければならない分、邪魔だと思うしこうやってお湯を注ぐだけの芳醇な香りも深みもないかすかすのコーヒーだってぼそぼそと水分皆無で咽喉に張り付くような単調な穀物の塊だって食べられる。固いぎしぎしとして寝たら確実に節々が痛む事確実の椅子でだって何晩でも過ごせるし、シャワーだって2・3日浴びなくたって耐えられる。(むしろ研究に没頭して忘れる事もしばしばだ)

だがシュナイゼルには無理だ。そんな生活想像もつかないだろうし端からしない。

貧困に喘ぐ難民、孤児浮浪の存在を知っていて救済の対策を立てて実行に移そうと彼自身がそんな自体に陥ることなんて微塵も考えない。

むしろそんな事態になったら彼は潔く自決する。

彼は彼が認めた水準での生活以外は断固として拒絶するから。

それは彼が皇子だからだ。

国家の象徴、国民の誇り、至高に位置する輝かしき君主。

そう望まれそうたれと育て上げられた連綿と続く高貴なる血の結晶。

だから彼は国が滅びたら死ぬだろう。

国を亡くし、皇族ではなくなった瞬間、彼のレーゾンデートルは消滅するのだ。

国を再建して皇帝に収まると言うのもあるが、その間の不遇の生活になんて耐えられるような人じゃない。

亡国の皇子なんてこれっぽっちも似合わない。(むしろ僕が見たくない)

彼はどこまで行ってもただ只管に高貴なる絶対君主でしかありえないのだ。

薄暗い無機質な部屋の中で異彩を放って燦然と立つシュナイゼルの姿に、自分の主張の正しさに頷いてずずーとくそまずいコーヒーをロイドが啜った所で、皇子殿下がのたまった。

 

「コーヒーではなく紅茶をもらいたい。できればダージリン。カップはウェッジウッドでかまわないから」

 

 

つまるところ、彼はそういうイキモノだった。

 

 

(シュナイゼルってさぁ、ほんっと我侭だよねぇ!)